『母性って便利な言葉ですね。』解説レビュー|「完璧なママ」じゃなくて、ただの人間でいい。

2026年1月1日

「完璧なママ」じゃなくて、ただの人間でいい。

——映画『母性って便利な言葉ですね。』が贈る、自分を取り戻すための処方箋

 ブラジル発のドキュメンタリー映画『母性って便利な言葉ですね。』(原題:Incondicional – O Mito da Maternidade)は、「母親ならこうあるべき」という世間のプレッシャーに疲れてしまった心に、深く染み渡る作品だ。歴史、心理、社会の仕組み——さまざまな角度から「母親」という役割を見つめ直したとき、そこに見えてくるのは、私たちが背負わされてきた荷物の正体と、そこから自由になるためのヒントである。

1. 「母性」は、初めからあったわけじゃない

 パトリシア・フロイス(Patricia Fróes)監督はまず、私たちが信じている「常識」を、歴史のページをめくるように解きほぐしていく。実は17世紀以前、女性たちは今のように「子供にすべてを捧げるのが当たり前」とは考えていなかった。当時、母と子の濃密な結びつきは、必ずしも必須の条件ではなかったのだ。

 風向きが変わったのは18世紀。社会の仕組みが変わり、男性を外の仕事へ送り出し、子供をしっかり育てるために、女性を家庭という場所に留める必要が出てきた。そこで広められたのが、「母になることは女性の至上の喜び」「献身は本能」という考え方だ。つまり、私たちが「自然なこと」だと思っている母性は、ある時代に社会をうまく回すために作られた「物語」だったとも言える。

2. 「便利」な言葉が隠しているもの

 そう考えると、『母性って便利な言葉ですね。』という邦題が持つ意味が、より切実に響いてくる。 社会にとっても、家族にとっても、「母性」ほど便利な言葉はない。なぜなら、育児という休みがなく過酷な仕事を、「愛」や「本能」という言葉で包み込めば、そこにある大変さを見えなくできるからだ。「お母さんなんだからできるはず」「愛があるから辛くないはず」——そんなふうに、周りがサポートや責任を曖昧にするための「免罪符」として、この言葉は長く使われてきた。

 映画は、この言葉がいつの間にか女性を縛り付ける鎖になっていないかと問いかける。もし育児を「労働」と考えれば、休息や対価が必要になる。けれどそれを「愛」と呼ぶことで、すべての負担が「お母さん一人」の肩にのしかかってはいないだろうか。

3. 聖母の仮面を外して、自分の弱さを許す

 この「作られた理想」は、現代の母親たちの心に「罪悪感」という影を落とす。 原題にある「Incondicional(無条件の)」は、見返りを求めず24時間愛し続ける「完璧な母」の幻影だ。映画に登場する女性たちは、その幻影と現実の自分とのギャップに苦しみ、感情を吐露する。

 しかし、本作が本当に優しいのは、母親の心にある「アンビバレンス(愛しているけれど、憎らしい)」という矛盾した感情を、丸ごと肯定してくれる点だ。「子供は愛している。でも、母親という役割は辛い」。そう感じるのは、決して愛情不足ではない。映画は、「良き母」という無理な仮面を外し、不完全な一人の人間に戻ることを勧める。その苦しみは、あなたが悪いのではなく、人間として当たり前の反応なのだから。

4. 孤独な「個」から、支え合う「輪」へ

 カメラの前で女性たちが自分の苦しみを言葉にし始めたとき、その表情には次第に生気が戻っていく。

 誰にも言えなかった本音を言葉にすることは、自分を縛る鎖を解く鍵になる。スクリーンの中の彼女たちが弱さをさらけ出す姿は、観ている私たちに「一人じゃない」「弱くてもいい」と語りかけ、深い連帯感をもたらしてくれる。

結論:愛を「重荷」にしないために

 この映画が目指しているのは、母性を否定することではない。それを「逃れられない本能」や「重い義務」から解放し、もっと自由で人間らしい「関係性」へと結び直すことだ。 「母性は学習するものであり、天から降ってくる魔法ではない」。そう気づいたとき、育児の責任は女性一人のものではなく、パートナーや社会全体で分かち合うべきものへと変わる。

 映画を見終えた後、私たちはもう「母性」という便利な言葉で、思考を止めることはなくなるだろう。その便利さを手放し、「完璧じゃなくても、私たちは十分に頑張っている」と自分を認めてあげること。それこそが、私たちが私たちらしく子供と向き合うための、最初の一歩なのかもしれない。

『母性って便利な言葉ですね。』が観られるのは…

①劇場開催では、

■1/11(日)『母性って便利な言葉ですね。』13:35~
※トークイベント 池田浩久(パパライフサポート代表/4児の父)

■1/12(月)『母性って便利な言葉ですね。』13:30~
※トークイベント シモネ


オンライン開催では、2026年1月16日(金)- 2月15日(日)に配信します。

『母性って便利な言葉ですね。』

© 2024 Bananeira Filmes

2024, 70分, ドラマ, 年齢制限 10歳以上

ママたちの本音、ここだけで公開中!

母性は本能か、それとも社会が作り上げたものか。母である監督がほかの母親たちと、育児のつらさや疲弊、孤独感、悲しみ、自責、自己嫌悪といった、とても個人的な感情を語る。女性は育児に向いている?母親は育児と仕事を両立?そのとき父親は?産まない権利は?etc 地球の反対側の母たちの本音が届きました。そろそろ理想の母親像を手放して、もっとありのままを話しませんか。「母であること」とは―― その普遍的な問いを、ユーモアを交えて投げかける作品。

スタッフ
監督: パトリシア・フロイス
脚本: パトリシア・フロイス, タチアナ・バカル, リヴィア・アルべクス, アナ・アブレウ
プロデューサー: ヴァニア・カターニ
製作会社: バナネイラ・フィルミス
共同製作会社: シネブラジルTV
美術監督: ジュリア・リベラチ
撮影: アンドレア・カペーラ
音響: アニ・サントス
編集: リヴィア・アルべクス, edt

出演
カリーニ・テリス, エリザベート・バダンテール

作品の受賞歴
Ventana Sur 2023
レカム賞
ペルセプションズ賞